結氷期をのぞいて厳冬期から楽しめる、北海道ならではの春遊び。目標は”ハチマル”越え。
春、古い釣り仲間のMが十勝に来た。ムツオと3人、川に春アメマス釣りに行った。Mは20代後半はアメリカ各地の銘川へ幾度も釣り旅に行ったり、オセアニアのフラットで大もの相手に”しょっぱい釣り”をしたりしてきた男。今は神奈川でサラリーマンをやっている20年来の友人だ。
冬枯れの河畔林越しに川をのぞくと春の日差しに川面がキラキラ輝いて見える。はやる気持ちをおさえて大急ぎでウエーダーをはき、流れに立った。波立つ瀬からだんだんとヒラキに近づくあたりや深さのある緩流帯をしばらく眺めていると、流下するエサを捕食しているのか、キラッキラッと50㎝ほどの大きさの魚がさかんにフラッシングした。こうなるともう釣れたも同じ。一同笑みで満面になる。
ポイントまでの距離がさほどなく、おおむね緩やかな流れに定位するアメマスを釣るならストライクマーカーの釣りがいい。マーカーは視覚的にもアタリを味わえるから見ているだけで楽しい。そして、よりよく”アタリを出す”という意味で合理的だ。
いつも遊んでいる僕らはガイド役に徹することにして、いっとう最初にMが釣る。アメマスのいる場所より数m上流にキャストが決まり、オモ
リに引かれてニンフが流れに沈み始める。次いでマーカーが水面になじむ頃こそが、この釣りのきわどいところ。ヒラキの上流側、カケアガリのあたりにマーカーがさしかかった頃、マーカーがスッと小刻みに動く。Mの腕が反射的に動いて綺麗ににフッキングした。掛かったアメマスはグングン! としばらく頭を振った後一気に瀬を下り始める。リールが盛大な水しぶきを散らしながら逆転する。
「ヒャッホー!」とMから嬌声が上がった。
日中はたくさんのアメマスと遊んだ。なかでも1尾はものすごい”引き”だった。ダイレクトドライブのビリーペイトが唸りを上げて高速で逆転し、ラインはおろかバッキングまで引きずり出して一気に50ヤードほど走った。Mがラインを巻き取りながら川の中を走って追いかけるも、とうとう姿さえ見ることができぬままバレてしまった。
あれは80㎝をゆうに越える海アメマスだったんじゃないかとか、いや、あのスピードはニジマスだったんじゃないのとか、合計で70ヤードくらいは走ったこの魚のすさまじいファイトは、その後も何度となく僕らの語り草になった。それくらい鮮烈な印象を残してくれた。
夕暮れ時になるとクロカワゲラあるいはオナシカワゲラのような極小サイズのストーンフライの羽化・流下に誘われて、あたり一面でライズが始まった。結局、ハッチしているナチュラルがあまりに小さくてフライに持ち合わせがなく、1尾も釣れなかった。けれど、久しぶりのライズの釣りはすこぶる楽しく、全員をじゅうぶんに夢中にさせるだけの面白さだった。
ローカルの釣り人のなかには、アメマス釣りはつまらないなんてちょっぴり意地悪なことを言うアングラーもいるけれど、僕らはそうは思わない。北海道のアメマスくらい日本のフライアングラーに親しげな魚はいないんじゃないだろうか。ニジマスはワイルドだけど、なんてったってアメマスときたらすべてネイティブなのだから。
アメマスを思う時、佳日に足を運んだイエローストーン国立公園内の、ファイアホール・リバーのカットスロート釣りを思う。ラストチャンスのニジマスともビッグホーンのブラウンとも違う、エルクやバッファローが遊ぶイエローストーンでしか味わうことのできないあの釣りを。カットスロートはかの地のネイティブだ。アメマス釣りをしていると、そんな思い出を重ね合わせるようにして楽しんでいる自分に、ふと気がつく時がある。